浄土宗善照寺  13.01
一茶の晩年の句です。極貧にあえぎ続けた一茶の生涯にも、たまにはほっとした気持ちで新年を迎えた歳もあったのでしょう。
「中位なり」ということばに一茶の生きる姿勢が表れているような気がします。「おごり」とか「たかぶり」から最も遠いところにいた一茶は、常に弱いものや小さいものに寄り添った視線で生きていました。

やれ打つな 蝿が手をする足をする
我ときて 遊べや親のない雀

今私たちは先の見えない閉塞状況にあるといわれます。しかしそれは一茶のようにここでいいとどんと腰をすえて生きていないからではないでしょうか。一茶の言う中位は「正月の三ヶ日位は何とか食べ物を心配しなくていい」という程度のものだったのです。
 私たちは他と比べて上とか下とか中位とか判断しています。一茶の中位は一茶独自の中くらいです。中位が一番いいという生き方です。多い少ないは一茶にとって関係ありません。多くても少なくても一茶にとっては中位なのです。
 今年は、他と比べない生活を心がけてはいかがでしょう。自分はこれでいい。自分はここでいいと覚悟が決まれば随分楽に生きられるのではないでしょうか。

南無阿弥陀仏

合掌

めでたさも  中位なり  おらが春
                            
一茶
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